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おけいはん教.bmp

2011年12月25日

東急東横線渋谷駅の地下化について

【お知らせ】
今日から「音鉄の部屋」向けのTwitterを公開しました。これから宜しくお願いします。


▼また鉄道ネタがあったんで転載します!

(mixiでの配信日時 >> 2011/12/23 22:26)

【2011年配信、最後の日記】
【東急ユーザー向け?】
【鉄道研究的観点は無いよ】

来たる2012年、東急東横線渋谷駅が地下化されます。工事後は現在の高架ホームより約35m下の地下にある地下鉄副都心線の駅を共用する形になる予定です。

このことについては
「特急や急行が10両になって嬉しい」
「渋谷始発が減って全然座れなくなる」
「最寄駅から横浜まで直通X0分だ!」←自分
などの意見がありますが、実はこれが線路に大きな負担を及ぼすのです。今回はそれを解説しましょう。

以下に記載するのは東横線の各駅標高です。

――――
祐天寺 39m
↓駅間950m<最大\35‰>
中目黒 13m
↓駅間450m<最大/16.7‰>
代官山 23m

▼工事前現在
代官山 23m
↓駅間1200m<最大\11.7‰>
渋谷 19m(現行)

▼地下化工事後
代官山 23m
↓距離400m<建設中>…推定\35‰
山手線 16mの下を潜る…少なくとも10m
↓距離900m<建設中>…推定\30‰
渋谷 -16m(副都心線)

※駅間はホーム長を考慮しない
※出典:標高は東急公式(改札高さなので補正をかけました)、それ以外は音楽館
――――

断面図があればわかりやすいでしょうが、想像して頂きましょう。

ともかく工事後は渋谷→代官山の区間は約40mの高さを1300m(実際はポイント分があるので約1200m)の線路で登るので、物理的に平均勾配は30‰を軽く上回ります。
※法令で勾配は35‰までしか作れません

ただでさえ代官山→中目黒は谷に向かう下り坂で、中目黒→祐天寺は最大限35‰の上り坂だというのに、東急はさらに難所を追加しようと言うのです。
大袈裟に聞こえますが、鉄道的にはまさにジェットコースターのようなコースが出来上がるでしょう。

因みに渋谷と祐天寺の標高差は地下化後には55mにも達する見込み。このくらい、と思うかもしれないけど、これでも平坦がモットーの鉄道には結構ツラいお仕事なんだよね。


しかーし!
まぁこんなこともあろうか、とおカネ持ちの東急さんは金にモノを言わせて数年前から高性能な新型車両を次々投入。
将来東横線に走るのはピカピカの新車だらけ――というのは事もあろうか夢の話で、実際には直通が始まると地下鉄やら西武やらの鈍速キャラ(あと鍬とスコップでお馴染みの東武)もやってきます。
すると東横線にある数多くの急勾配は、やはりそいつらを苦しめる要因になるでしょう。
残念ながら鉄道には車のように走りながら追い抜く能が無いので、遅れても単に後ろの電車が詰まるだけ。

さてさて来年の東横線はどんな姿を晒すのでしょうか?
posted by Dexef at 20:35| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月14日

上尾事件について

たとえ受験生とか何とか言っても、一切記事を貼らないのは訪問客に失礼と考え、ふさわしそうな日記をmixiから持ってきました。

===

この事件をご存知だろうか。

これは今から約40年前の1973年、埼玉県の上尾市にある上尾駅で発生した暴動事件だ。


事件の原因は当時の高崎線の杜撰さにあった。

この頃まだJRは国鉄であり、公共企業であったためにストライキが法律で禁止されていた。

しかしこれに労働組合が反発し、ストライキの代わりに遵法闘争を行うようになっていた。

遵法闘争というのは簡単に言えば、進行や速度制限など様々な運転ルールを厳格に守り「安全確保」を謳いながら、列車の運行を大幅に遅延させることで労働闘争の手段としたもののことだ。※因みに遵法と名がつく割には違法認定されていたらしい


また戦後の復興が進むにつれて再び東京への人口集中が進み、住宅需要が増大した結果、良好な住環境を求める動きと相まって、住宅地は郊外へと無秩序な拡大を初めた。

これらが所謂ベットタウンであり、大規模なニュータウンもこの時代に形成されたものが多い。
身近な例は田園都市線が該当するだろう。東急は戦後住宅需要を見込むと、山林が点在するような農村地域だった多摩丘陵の土地を買いあさり、線路を通して「良好なる住宅地」として、買収した時の数倍〜十数倍の値段で売り捌いたわけである。オイシイナ…


さて、少し話題がズレた。

ともかく、ベットタウン化の流れは大宮の北側にも及び、上尾市も数年で人口が倍増する勢いであった。

一方で国営企業の国鉄は経営努力を知らない慢性赤字の体質であり、したがって高崎線自体も沿線人口の倍増、それに伴う利用者の爆発的増加にもかかわらず、従来と大して変わらない運行を続けていた。


1973年3月13日、上尾駅。

朝7時過ぎにようやく本日2本目の上野行きの普通列車が到着してきた。

本来7本目のはずが、続く遵法闘争のせいで車庫に帰ってくるべき車両が帰ってこないという異常な状態によって車両が足りず、それまでの4本が運休し、1本が遅延していたために上尾駅には1時間以上列車が来なかったのである。

もちろん遵法闘争により列車が遅延するのは日常茶飯事であったので通勤通学客はしっかりと早めに家を出て電車を待っていた。
が、電車は先述の通り、まったく来なかったために上尾駅のホームにはなんと5000人にも及ぶ利用者が滞留している状況(さらには改札外にもいたらしい)であった。まず現代では信じられない光景である。

ところが到着した電車も、既に3000人超が乗車していて乗車率350%といった殺人的混雑を呈しており(物理的に有り得ないはずだが定員数が少なかったため)、さらにその車両はドアが沢山付いていたり、座席が窓の後ろにあったりして車内が広々している通勤型ではなかったので上尾駅の利用者は全然乗り込むことが出来なかった。

それでも利用者は意地でも乗り込もうと車両の至るところに殺到し(流石にもう屋根に乗るような時代ではなかったらしい)、そのせいで列車を発車させることが出来ず、乗客及び上尾駅の利用者のイライラが溜まっていた。

こんな中、隣のホームに遅れていた前橋からの電車が到着した。こちらは乗車率400%を超えていたとかいう有様(少なくとも車両のどっかでは乗客を二段に重ねないと…)で、内部で死者が出ても別段不思議は無いようなレベルであった。

そしてこのような混乱事態を収集させるためなのか、上尾駅で「両列車を2駅先の大宮止まりにする」という放送が流れると、一部の客の不満と怒りが爆発し、まずは投石などにって車両や駅の破壊活動を始めた。

身の危険を感じた乗務員らは駅長室に逃げ込んだものの、乗客らはそれを追って駅長室に流れ込んだため、殴る蹴るなどの暴行が発生したらしく、駅長や助役もろとも負傷し病院に搬送される結果となった。

他の乗務員や駅員も駅から逃亡し、いよいよ電車が動かないとなると、怒りは周囲に広まり、あっという間に総計1万人以上の利用者が暴れる大混乱に陥っていった。

また駅員による通報で近くの警察署から警官隊が駆け付けたものの、係員が無人となった駅では既に暴動の規模は拡大し、利用者たちは国鉄に対する日頃からの不満を連鎖的に爆発させていったので手が付けられない事態になっていた。

上尾駅での暴動を受け、もちろんのこと高崎線は全線がストップしたので他の駅でも乗客の怒りに火が点いた。

幾つかの駅では暴徒化した客が駅や車両の破壊行為を行い、特に上尾と大宮の間の宮原駅では怒り狂った乗客たちが駅長と助役を連行し、大宮駅まで歩かせるといった事態にもなった。

上尾駅での暴動は約3時間に渡って続き、多数の機動隊の到着により鎮静化した。

またこの事件で逮捕されたのは、混乱に乗じて駅から金銭を窃盗した者や取材中の新聞記者を殴った者だけだったという。



さて40年の時を経て、この事件を客観してみるとどんな印象になるだろうか。

あまりに非現実的でバカ地味ていると思うかもしれないし、当時の状況を踏まえれば当然と納得するかもしれない。

事件の背景を伺えばわかるように、原因は複雑に入り組んでいて、一概に責任を追及できるものではない。不可抗力的な面も伺えるだろう。


この事件を通して私たちが学べるのは、戦後日本の不合理な姿であると自分は思っている。

そんな世の中を必死に生き抜いた人々が今日のように安定した日本を生み出したのである。


今の世間は大人しくなったと思うだろうか。否、日本が安定したに過ぎないのである。

そして最近は些細なことを看過できずに暴れ出すケースが多いように感じられる。日本人の忍耐強さが失われつつある証拠ではないだろうか。


果たしてこの事件は日本史の中で教えられているのだろうか。自分は取り上げられるべき問題だと考えている。



少なくなったとは言え日本に不合理な現実は残っており、それらは覆い隠されているに過ぎない。

世界で発生する様々な事件を私たち1人1人がどう眺めているのかはともかく、そこにある不合理な現実に苦しみ、叫びを上げている人々の存在を忘れてはならないだろう。
posted by Dexef at 23:21| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
6 臨時ホーム
Extra platform
  高崎・長野・新潟方面
For Takasaki,Nagano,Nigata
急行 アルプス    23:54 松 本 6両全指
快速 ウィークエンドみちのく 00:10 仙 台 6両始発
次にこのホームにまいります急行 アルプスは6両編成です。この列車のご乗車には普通乗車券のほか、指定席急行券が必要となります。この列車の停車駅は立川・八王子・甲府・小淵沢・塩尻と終点、松本です。終点の松本ではどんな列車にも早朝過ぎて接続できておりません。                     ただいまJR東日本八王子支社では、人件費削減キャンペーンを実施中です。四方津・鳥沢・猿橋駅にありました営業時間の短い「みどりの窓口」は、5月31日を持ちまして営業を終了することになりました。長い間、ご利用下さいましてありがとうございました。